うちの子は、一切お腹にいた頃の事を覚えていない。4人も自宅出産をしていて何たるざまだ!とは思わなかったが、別にいいや、と諦めていたら・・・!
PCしていた2階に上がってきて「まだあ?」と催促してきた聖也。夜10時だよ、「今日読む約束したか!そんなプレッシャーかけるなよ。もう遅いぞ、仕事中だから」と、おねだりを却下した。それからMLを出したりしてから、一段落して、気になって「聖也は、もう寝たか?」と妻に聞くと、「うん」。お酒の勢いを借りて
「おー!せいやっ、もう寝たのか?今日はごめんな、読めなくて、明日は読むからな、きりかぶ!」と大声で叫んでしまっていたらしい。(何故かハイだった)
「ちょっと、寝てるんだから、かわいそうでしょ」と妻深雪。(それも、そうだな)と反省するワタシ。しかし、なぜか頭を押さえて、体を揺さぶって、「おい、起きろ!読んであげるぞ!どうする?」と、しつこく起こそうとした。自責の念に駆られたのか?それとも・・・。
すると、でっかい目をパチッと開けて、
「何?読んで・・」と、聖也。びっくりするワタシ。
で、いつになく役にはまって慣れた「きりかぶ」を読むワタシ。タッチセラピー補講でも読み聞かせした絵本「きりかぶ」を読み終えて、バースビジョンの解説を始め「誰でも役に立つことができるんだよ、木陰を作ることが出来なくなっても、きりかぶになって、こんなに喜ばれて」と。「そうだね、きりかぶのほうがいいね(役だっているね)」聖也。
とその後、いつの間にか、話が始まって。
「ぼくね、死にそうだった、とても苦しかったんだよ」と。(んん?今何て言った?ひょっとして?へその緒を二重に巻いていたお産のときのキオク?)と、胸が弾むワタシ。
続けて聖也は、
「自分から出てこようと思ったんだ。お腹の中は、あったかかったよ。それだけ覚えているのは」と!
ついに、体内記憶を話す息子が現れた。(ミーハー?)しかし、本当に死んでいるかとも思った。お風呂の水から上げたとき、青ざめて、というよりは、紫色で。今日布団の中で目を見て話した。
「本当に死ぬかと思った?」「うん、死ぬかと思ったよ、すごく苦しかった」「よかったね、生まれることが出来て」「うん」。
こんな会話が出来た。負けん気が強い三男だが、結構奥深い優しさが時折顔を出すのも出生と関係あるのか。命に対する感覚がちょっと違う。絵本はもっともっと読んであげて、心を育む機会を作らねば、と思った。
あ、体内記憶と言うよりは、出産記憶か。どっちでもいいが。何のために生まれてきたのか、という記憶を取り戻す原体験となってくれればそれでいい。
2011年02月25日
2011年02月17日
大石流はちゃめちゃ思い付き家族ツアー〔3〕姫路大ハプニング編
シリーズ三回目は、1月7日の記事、姫路着〜同志?所有のマンション宿泊。【ここで大ハプニングが!!】の巻です。(こんなこと書いて読む人いるかな、ま、いいや。子供が成長していつかブログ見て思い出を読んでくれれば・・)
大石神社参拝後、(赤穂のインストラクター、自分を見失わないで戻って来いよ)とか、(相生ね〜結局天国に昇天するって言うから胴上げまでさせておいて、ずっと地上にいるじゃないの。相生地区には人の気がぷんぷん匂うよ、人材が集まってくる人気スポットになろう)とか、太子町IC通過時に(あー、ここにも拠点ができたな、ここは今年発光するな)とか、(おー龍野か、ここも面白くなりそうだ)とか、充実した展開を見せる播州内エリアを通るたびに、ちょっとした仕掛けを施して姫路入りした。
夕食は家族水入らずで、「姫路おでんを食べたい!」と、ゆかさんにリクエストしたら、マンション近くのできたばかりのお店に案内された。「歩いて帰れるし、いい雰囲気じゃない、ありがとう」と入ったところ・・。
その店がとんでもないところだった。今さら振り返る気にもならないが、ざっと言おう。
ソースは自分で好きなだけ付けてください、という焼きそばを頼んだので、(そうだ、塩焼きそばにしよう!♪)と、ほたかみを取ってこようと外へ出て、走って帰り10分弱か。店を開けようとしたら、鍵がかかっいて開かない。
(あれ?おかしいな、外にお客様は立って待っているし、なにやら店主のにいちゃんは電話している・・)。中へ入ると、店長は開口一番、いんけんな声で「ちゃんとお金持って来はりましたか!」。はあ〜?と状況把握できない私。
どうやら食い逃げする計画の家族と思われたらしい。つまり鍵を閉めたのは、妻子が逃げないためだった)電話の相手は警察だった。ほどなくして警官がお店に入ってくる。にいちゃんは警官に「もういいです、お金持ってきたようなので」と。
さすがに警官もあいそをつかして、「客商売しているんだから、もう少し口の利き方を気をつけないと」と注意して、私らに「ごめんなさいね」と言い残して店を出た。
その後も「はい、おまちどうさん」と、先にうちらが頼んだ焼きそばを、わざわざ後に頼んだ隣のお客に先に出すわ、すいませんでした、の一言もないわ、子供たちにもせっかくの思い出を崩されてしまって申し訳ないなんてからっきし思わず、最初のおでんを勝手に持っていった泥棒扱いの目を変えないわ(各自持っていってください、あとで個数を知らせて下さい、という店なのに。人を疑うなら人を雇えよ)反省の色が全くなし。
そういう場には、マイナス磁場が出来るのか、続きがあった。
気を取り直してラーメンでも食べようか、と子供が寝たあと歩いたら、その店の前にパトカーが止まっている。何と店の前で事故。「大丈夫ですか?」と声をかけたら、「えー、けが人はいないんですが、この店の店主がですね〜『店の前で車を止めないで下さいよ!営業妨害でしょ』と言うんです」と。
(ったく。いつまでウィルスばら撒いているんだ)と波動感染を断ち切ろうと、店に入った。「あーさっきの・・」なんてのんきなガキ。「ネオン代もばかにならないんですよ」だと?事故車だぞ。
「ひとついいですか?ひょっとして、以前食い逃げされたことはあるんですか?」と尋ねると、やはり図星。「しかしね、お客様は、観光客がいるんです、姫路ですから。どんなうわさされるか、わかりませんよ。こういうサービス業の人は、姫路の評判を落とすことになるから、気をつけないとならないですよ」と諭すと、「先ほどは本当にすいませんでした。ずっと気にしていました」と、とりあえず融和。ま、目に涙を浮かべていたから、本当か。?ひとまず波動感染は防止したか。
ゆかさんに話したら、「んー、そんな店のひとつ、つぶすのは簡単だなー」とぼそっと言っていた。(そりゃ、そうだ。)
そこで私はぴんと来て伝えた。「天岩戸。お隠れ。かつてアマテラスが岩の奥に隠れてしまった際に、暗黒の闇が地上に現れ、悪いことが蔓延した。今、街のシンボル姫路城が修理で見れなくなっている。だから観光収入も減り、心がすさんでいく人が多いのだろう。そういう一環でこうした精神的におかしな人が出てきたのだろう。と分析した。我ながら冴えている、と思ったが、ゆかさんには、ぴんと響かなかった、ショック・・)
姫路の方々、もしこのようないやなことがあったら、参考にして頂き、ま、しょうがないか、と受け流してください。決して、怒りや憤る心を増幅して、撒き散らしてはいけません。波動感染を自ら断ち切るのです。お願いいたします。それでこそ、こんなじめじめしたニュースをブログに公開した意義があるというものです。Sさん、そういうことだから、ね、もどろ。。
大石神社参拝後、(赤穂のインストラクター、自分を見失わないで戻って来いよ)とか、(相生ね〜結局天国に昇天するって言うから胴上げまでさせておいて、ずっと地上にいるじゃないの。相生地区には人の気がぷんぷん匂うよ、人材が集まってくる人気スポットになろう)とか、太子町IC通過時に(あー、ここにも拠点ができたな、ここは今年発光するな)とか、(おー龍野か、ここも面白くなりそうだ)とか、充実した展開を見せる播州内エリアを通るたびに、ちょっとした仕掛けを施して姫路入りした。
夕食は家族水入らずで、「姫路おでんを食べたい!」と、ゆかさんにリクエストしたら、マンション近くのできたばかりのお店に案内された。「歩いて帰れるし、いい雰囲気じゃない、ありがとう」と入ったところ・・。
その店がとんでもないところだった。今さら振り返る気にもならないが、ざっと言おう。
ソースは自分で好きなだけ付けてください、という焼きそばを頼んだので、(そうだ、塩焼きそばにしよう!♪)と、ほたかみを取ってこようと外へ出て、走って帰り10分弱か。店を開けようとしたら、鍵がかかっいて開かない。
(あれ?おかしいな、外にお客様は立って待っているし、なにやら店主のにいちゃんは電話している・・)。中へ入ると、店長は開口一番、いんけんな声で「ちゃんとお金持って来はりましたか!」。はあ〜?と状況把握できない私。
どうやら食い逃げする計画の家族と思われたらしい。つまり鍵を閉めたのは、妻子が逃げないためだった)電話の相手は警察だった。ほどなくして警官がお店に入ってくる。にいちゃんは警官に「もういいです、お金持ってきたようなので」と。
さすがに警官もあいそをつかして、「客商売しているんだから、もう少し口の利き方を気をつけないと」と注意して、私らに「ごめんなさいね」と言い残して店を出た。
その後も「はい、おまちどうさん」と、先にうちらが頼んだ焼きそばを、わざわざ後に頼んだ隣のお客に先に出すわ、すいませんでした、の一言もないわ、子供たちにもせっかくの思い出を崩されてしまって申し訳ないなんてからっきし思わず、最初のおでんを勝手に持っていった泥棒扱いの目を変えないわ(各自持っていってください、あとで個数を知らせて下さい、という店なのに。人を疑うなら人を雇えよ)反省の色が全くなし。
そういう場には、マイナス磁場が出来るのか、続きがあった。
気を取り直してラーメンでも食べようか、と子供が寝たあと歩いたら、その店の前にパトカーが止まっている。何と店の前で事故。「大丈夫ですか?」と声をかけたら、「えー、けが人はいないんですが、この店の店主がですね〜『店の前で車を止めないで下さいよ!営業妨害でしょ』と言うんです」と。
(ったく。いつまでウィルスばら撒いているんだ)と波動感染を断ち切ろうと、店に入った。「あーさっきの・・」なんてのんきなガキ。「ネオン代もばかにならないんですよ」だと?事故車だぞ。
「ひとついいですか?ひょっとして、以前食い逃げされたことはあるんですか?」と尋ねると、やはり図星。「しかしね、お客様は、観光客がいるんです、姫路ですから。どんなうわさされるか、わかりませんよ。こういうサービス業の人は、姫路の評判を落とすことになるから、気をつけないとならないですよ」と諭すと、「先ほどは本当にすいませんでした。ずっと気にしていました」と、とりあえず融和。ま、目に涙を浮かべていたから、本当か。?ひとまず波動感染は防止したか。
ゆかさんに話したら、「んー、そんな店のひとつ、つぶすのは簡単だなー」とぼそっと言っていた。(そりゃ、そうだ。)
そこで私はぴんと来て伝えた。「天岩戸。お隠れ。かつてアマテラスが岩の奥に隠れてしまった際に、暗黒の闇が地上に現れ、悪いことが蔓延した。今、街のシンボル姫路城が修理で見れなくなっている。だから観光収入も減り、心がすさんでいく人が多いのだろう。そういう一環でこうした精神的におかしな人が出てきたのだろう。と分析した。我ながら冴えている、と思ったが、ゆかさんには、ぴんと響かなかった、ショック・・)
姫路の方々、もしこのようないやなことがあったら、参考にして頂き、ま、しょうがないか、と受け流してください。決して、怒りや憤る心を増幅して、撒き散らしてはいけません。波動感染を自ら断ち切るのです。お願いいたします。それでこそ、こんなじめじめしたニュースをブログに公開した意義があるというものです。Sさん、そういうことだから、ね、もどろ。。
2011年02月14日
大石流はちゃめちゃ思い付き家族ツアーAスキーで子育て編
正月に木曽路御岳山中腹の「おんたけ2240」というゲレンデに家族でスキーに行った。まずはこのパノラマを見て欲しい。標高2240mから見下ろす白銀の世界・アルプスの雄大さ・・。
http://www.ontake.co.jp/
マウスでドラッグすると風景を回転させられる、なんてWeb技術初めて知った(テナミのネット教材に活用できそう・・)。さあ、大石流子育て日記スキー編の始まりです。(ダブルウィンドウで画像を見ながら読むと臨場感が出るかも)
トップバッターはやはり海斗。当代きっての切り込み隊長。二年前に行ったは行ったがほとんど滑らず、もっぱら”そり”専門だった。ところが「僕もやる!」と今回は二日間レンタルスキーを借りた。
準備体操をして、いざゲレンデへ!ひとまずそこらのゆるい斜面を、スキーを付けたまま登り、スーッと滑り降りる練習。スー、どたっ。の繰り返し。しかしめげないし、楽しそう。講習も受けずに無理だよな、と思いつつ、登るのに時間がかかりすぎるので、「そろそろ、行くぞー!」とリフトへ。
(ま、怖かったら転んで止まるだろ)と思い、エッジの立て方もボーゲンも教えず、リフトに乗り込んだ。頂上に着いたらリフトに対してまっすぐ進んで、パタッと転ぶ。そうそうそれでいい、まずは第一関門突破。
「さあ、じゃ、ゆっくり行くぞ!」と、思いきや何だかスピードが乗っている海斗。まっすぐ進んでパタッと倒れる。それを何度か繰り返すうちに、段々とバランスがよくなってきた。(フムフム。失敗しながら学習しているな。ここは一つ、何も教えずに後ろから見てみよう)。
おんたけ2240は標高が高く、北側に高い山があるため昼間でも雪が解けにくく、パウダー状の雪質のよいゲレンデで有名だ。だから転んでも、大して怪我はしない、という大人の判断を冷静に行うのも大石流子育て。
はちゃめちゃの中にも、怪我や事故に対する冷静な判断力が必要だ。とは言うもののキッズコーナーの前で転んで金具に顔をぶつけて傷を付けた。(全治一週間)ばかか、こいつは。。
どだい安全策をとったところで子供は怪我をする。そのことで、たくましく成長するものだ。過保護はいけない。
さて、記念すべき海斗の第一回目の滑りは、中盤に差し掛かった。なかなか順調だ。その時・・・。
突然スピードが加速した。急な坂になるところにさしかかったからだ。しかし海斗は、直下滑で進み続ける!ボーゲンもエッジを立てる技も知らぬのだ。ひたすら直下滑で、いやその言葉も意味(一番スピードが速い)も知らぬまま、懸命にバランスを取っている!
「手を広げるとバランスを取りやすいよ」とだけ教えたことを守り、小さなこぶにはひざを曲げて素早く立ち直り、ぐんぐん上がるスピードに適応している。さすがドッジで鍛えた足腰、ひざの柔軟性。私は横から声を掛ける。
「すごいぞ、かいと!そのまま行けー!突っ込めー!怖がるなー!」。
顔は真剣そのもの。必死の覚悟が伝わってくる。普通なら怖くてとっくにバランスをかいて転ぶ。それをさせない勇気がある器を感じた。心の中で(真っ直ぐ生きろ!)と叫びながら。
そして緩やかなところまで来てしまった。終着点だ。そのまますっと「し」の字を描き、転ばずに止まった。すごい、ノンストップ直下滑、最後まで転ばず。
「やったー!一度も転ばなかったよ。」と喜ぶ顔。満面の笑み。よい経験をした。
しかし、その後がいかん。。
何を考えたのか、一人でリフトに乗って二回目にチャレンジに行った。目を離した隙に。胸騒ぎがした、なかなか帰ってこないからだ。私は(すぐ調子に乗って・)と思いながらリフトに乗った。
するとスキーを手に、泣きながら歩いて降りる姿の海斗がいた。怪我でもしたのだろうか?と思い心配したが、そうではない。
「寒くて手が冷たくて泣いたの」。どうやらサイドの方向へ進んでリフトの柱をかろうじて交わし、林の中へ突っ込んだらしい。かじかむ手を温めてあげて、後ろから抱っこしながら滑って降りた。
それから数時間は、恐怖のトラウマでキッズルームで遊ぶかそりか、リフトに乗ろうとしなかった。そこで妻深雪が連れて行って、ボーゲンを教えてあげたら、自身を付けて「ぼく、一回も転ばなかったよー」と喜んで帰ってきた。すると、長男友樹が「あれだけゆっくり行ったら転ばないのは当たり前だろ」と釘刺す。(なるほど、そういうことか)と私は成り行きを悟った。
友樹は「と」だし、慎重派だからスキー学校に通わせて基本(ボーゲン)から習うのはいい、と判断したが、海斗は一切のスクール的指導は避けて、直下滑一本で行ったらいいと思ったが、深雪はそれに反対した。以来、海斗はボーゲンにはまってしまった。楽だし、安全だし、転ばない。
それでいいのか、少し悩んだ。
社会の常識を教える毎に、こじんまりとした常識的発想しか浮かばない人間になる。大物の器もやがて普通の社会人になってゆく。そう危惧したが、直下滑からボーゲンに好みが移った海斗の喜びもまた、素直に受け入れることにした。でも、私の心がチャレンジしたくなった!
雪の中、二段階目のリフトに海斗を連れて行った。
「一緒に滑るからね、大丈夫だから」と。そこで後ろで腰に巻きつきながら、エッジの立て方を教えてあげた。「絶対に離さないでよ」と怖がる海斗。「もう、こんなところまで連れてくるから、もー。さぶい、早く帰りたい」と文句を言う海斗。少し上はこんなに吹雪いていたなんて誤算。ま、これもい思い出になるでしょ。
ちなみに私の特技は、後ろ滑り。ゴンドラのてっぺんから、後ろ滑りだけで、一度も転ばずに下まで滑り降りた。それを同行したゆかさんのご主人に話したら「それは、すごい!」と言っていた。
後ろ滑りを真似してバランスをとり愉しむ聖也。親の背中を見て学ぶんですね、子供は。
http://www.ontake.co.jp/
マウスでドラッグすると風景を回転させられる、なんてWeb技術初めて知った(テナミのネット教材に活用できそう・・)。さあ、大石流子育て日記スキー編の始まりです。(ダブルウィンドウで画像を見ながら読むと臨場感が出るかも)
トップバッターはやはり海斗。当代きっての切り込み隊長。二年前に行ったは行ったがほとんど滑らず、もっぱら”そり”専門だった。ところが「僕もやる!」と今回は二日間レンタルスキーを借りた。
準備体操をして、いざゲレンデへ!ひとまずそこらのゆるい斜面を、スキーを付けたまま登り、スーッと滑り降りる練習。スー、どたっ。の繰り返し。しかしめげないし、楽しそう。講習も受けずに無理だよな、と思いつつ、登るのに時間がかかりすぎるので、「そろそろ、行くぞー!」とリフトへ。
(ま、怖かったら転んで止まるだろ)と思い、エッジの立て方もボーゲンも教えず、リフトに乗り込んだ。頂上に着いたらリフトに対してまっすぐ進んで、パタッと転ぶ。そうそうそれでいい、まずは第一関門突破。
「さあ、じゃ、ゆっくり行くぞ!」と、思いきや何だかスピードが乗っている海斗。まっすぐ進んでパタッと倒れる。それを何度か繰り返すうちに、段々とバランスがよくなってきた。(フムフム。失敗しながら学習しているな。ここは一つ、何も教えずに後ろから見てみよう)。
おんたけ2240は標高が高く、北側に高い山があるため昼間でも雪が解けにくく、パウダー状の雪質のよいゲレンデで有名だ。だから転んでも、大して怪我はしない、という大人の判断を冷静に行うのも大石流子育て。
はちゃめちゃの中にも、怪我や事故に対する冷静な判断力が必要だ。とは言うもののキッズコーナーの前で転んで金具に顔をぶつけて傷を付けた。(全治一週間)ばかか、こいつは。。
どだい安全策をとったところで子供は怪我をする。そのことで、たくましく成長するものだ。過保護はいけない。
さて、記念すべき海斗の第一回目の滑りは、中盤に差し掛かった。なかなか順調だ。その時・・・。
突然スピードが加速した。急な坂になるところにさしかかったからだ。しかし海斗は、直下滑で進み続ける!ボーゲンもエッジを立てる技も知らぬのだ。ひたすら直下滑で、いやその言葉も意味(一番スピードが速い)も知らぬまま、懸命にバランスを取っている!
「手を広げるとバランスを取りやすいよ」とだけ教えたことを守り、小さなこぶにはひざを曲げて素早く立ち直り、ぐんぐん上がるスピードに適応している。さすがドッジで鍛えた足腰、ひざの柔軟性。私は横から声を掛ける。
「すごいぞ、かいと!そのまま行けー!突っ込めー!怖がるなー!」。
顔は真剣そのもの。必死の覚悟が伝わってくる。普通なら怖くてとっくにバランスをかいて転ぶ。それをさせない勇気がある器を感じた。心の中で(真っ直ぐ生きろ!)と叫びながら。
そして緩やかなところまで来てしまった。終着点だ。そのまますっと「し」の字を描き、転ばずに止まった。すごい、ノンストップ直下滑、最後まで転ばず。
「やったー!一度も転ばなかったよ。」と喜ぶ顔。満面の笑み。よい経験をした。
しかし、その後がいかん。。
何を考えたのか、一人でリフトに乗って二回目にチャレンジに行った。目を離した隙に。胸騒ぎがした、なかなか帰ってこないからだ。私は(すぐ調子に乗って・)と思いながらリフトに乗った。
するとスキーを手に、泣きながら歩いて降りる姿の海斗がいた。怪我でもしたのだろうか?と思い心配したが、そうではない。
「寒くて手が冷たくて泣いたの」。どうやらサイドの方向へ進んでリフトの柱をかろうじて交わし、林の中へ突っ込んだらしい。かじかむ手を温めてあげて、後ろから抱っこしながら滑って降りた。
それから数時間は、恐怖のトラウマでキッズルームで遊ぶかそりか、リフトに乗ろうとしなかった。そこで妻深雪が連れて行って、ボーゲンを教えてあげたら、自身を付けて「ぼく、一回も転ばなかったよー」と喜んで帰ってきた。すると、長男友樹が「あれだけゆっくり行ったら転ばないのは当たり前だろ」と釘刺す。(なるほど、そういうことか)と私は成り行きを悟った。
友樹は「と」だし、慎重派だからスキー学校に通わせて基本(ボーゲン)から習うのはいい、と判断したが、海斗は一切のスクール的指導は避けて、直下滑一本で行ったらいいと思ったが、深雪はそれに反対した。以来、海斗はボーゲンにはまってしまった。楽だし、安全だし、転ばない。
それでいいのか、少し悩んだ。
社会の常識を教える毎に、こじんまりとした常識的発想しか浮かばない人間になる。大物の器もやがて普通の社会人になってゆく。そう危惧したが、直下滑からボーゲンに好みが移った海斗の喜びもまた、素直に受け入れることにした。でも、私の心がチャレンジしたくなった!
雪の中、二段階目のリフトに海斗を連れて行った。
「一緒に滑るからね、大丈夫だから」と。そこで後ろで腰に巻きつきながら、エッジの立て方を教えてあげた。「絶対に離さないでよ」と怖がる海斗。「もう、こんなところまで連れてくるから、もー。さぶい、早く帰りたい」と文句を言う海斗。少し上はこんなに吹雪いていたなんて誤算。ま、これもい思い出になるでしょ。
ちなみに私の特技は、後ろ滑り。ゴンドラのてっぺんから、後ろ滑りだけで、一度も転ばずに下まで滑り降りた。それを同行したゆかさんのご主人に話したら「それは、すごい!」と言っていた。
後ろ滑りを真似してバランスをとり愉しむ聖也。親の背中を見て学ぶんですね、子供は。
2011年01月13日
大石流はちゃめちゃ思い付き家族ツアー@レイライン編
レイライン編?と聞いて、ピンとこない人のために説明しよう。レイとは、エックス線(レイ)などと使うように、線、道、の意。ここでは光の道、とも言える。何故なら、大地には古来竜脈とも呼ばれる気脈が流れている。肉体で言えば、『経絡』。ちょうど手波法の補講で習得したものだ。
目には見えないが確かにある気の流れ。それは大地の中にもあるのだ。日本で一番大規模なレイラインは、中央構造線と言えます。(仮説)
http://calseed.blog31.fc2.com/blog-entry-86.html
「山口の人間が何で、スキーしに行くだけのために、あげな遠かとこまでいかにゃならんとかいな?(博多弁)山口⇒広島⇒岡山⇒兵庫⇒大阪⇒京都⇒滋賀⇒愛知⇒岐阜⇒長野。愛知はかすっただけだとして7県もまたがって。「一緒に行きましょう!」「そうしましょう」と。後で地図で調べて、ぞっとした。が、約束してしまったから、もう遅い。えぃ、ままよ!と、開き直ったが、何故、よく調べもしないのに、OK出してしまったのか、その意味を振り返る努力は怠らなかった。
======================================
直感や思いつきで決めてしまった後は、そのまま行かずに、必ず
「何故、私はそうしたのか・・?」と振り返り、意味づけする習慣を
付けている。そこに思わぬ発見があることが多いからだ。
======================================
年末忙しくしていたので、その振り返りが前日、つまり元旦夜になってしまった。すると、
レイライン探索。
それがひとつの目的だということが判明した。ほとんど子育てや家族サービスという本来の目的など忘れている。自分の好きを極める、その一点に夢中になってしまった。妻は「よくまあ、よく調べもしないで決めたね」とため息ついているし、友樹は「そんな遠いところまで行かなくても良いのに・・」と言うが、無視。今更後へ引けないのだ。
地図で工程を調べてみると、その先に、諏訪湖が見えた。諏訪大社。ビジョンヨガインストラクターYukakoが眠っている地だ。早速翌朝メールをして、前回リーディングでお世話になった宿の情報をもらおうとメールした。(結局会えないことが分かったし、渋滞に巻き込まれてたどり着けず次回参拝することにしたが)、この無謀なツアーの副産物としてレイライン上非常に重要な地であることが判明した。
宮崎の高千穂神社(天孫降臨神話の故郷・天岩戸神社もある)〜淡路島のイザナギ神宮(7年もの間インストラクター認定会でお世話になった地)〜諏訪大社、というラインが見えたからだ。諏訪大社は、中央構造線とフォサマグナの交点に位置している。(上記HP参照)そのライン上より少し外れたところに、おんたけ2240という「ここじゃなければいやだ」という根強いスキーファンの多い聖地御岳山の麓に招かれたわけだ。ちなみに長野のインストラクター二人の郷里・飯田は、大地の割れ目の交点にあり、その隣、中津川を高速で通過してきたわけだ。
御岳山は非常に空気の澄んだところで、帰ってきて非常に元気が続いているのも、そのせいではないかと思った。ゴンドラに登っていくと、「ヒーリングパワー」(が得られます)という看板があるのもうなづける。
さてレイラインだが、高速で下関ー木曽福島まで往復する線上の岐阜(美濃)ー滋賀ー京都ー枚方ー高槻ー神戸ー鳴門までは上記レイラインにほぼ沿ったエリアである。なぜかビジョンヨガインストラクターがいる。レイラインの力により導かれたのか!?(美濃のTインストラクターは認定後ほどなくして亡くなってしまった)
正月の渋滞でイライラしたからICを出て、城好きの息子のために彦根城を見物した「ついでに」多賀大社に立ち寄った。すると、そこは『古事記』にある「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」とのことである。つまり、淡路島の伊邪那岐神宮と縁が深く、淡路島に「幽宮」を構えたとされている。
何とまあ、はちゃめちゃツアーの隠れた目的には、多賀大社にて淡路認定会でお世話になったご挨拶も兼ねていたということか。
帰りの車中で、主要な拠点を通るたびに、インストラクターを支援するマグネタイズ瞑想を行った。長岡京・枚方・高槻・神戸・播州・岡山・・・。すると相生のインストラクターから報告があった。
「今月からのんびりしようとしていたのですが、2年ぶりに岡山の方から連絡があって。月に一回ヨガに行くことになりそうです。」と。中級も受けた医院の奥様で、タッチセラピー手波法の復刻の地(封印を解いた地)が、そこ岡山の児島だったのです。
===土地にご挨拶すると、温故知新の扉が開き、重要な出逢いが起こる。===
こうしてレイライン&温故知新の旅は、2011年の幕開けと共に始まったのでした。
目には見えないが確かにある気の流れ。それは大地の中にもあるのだ。日本で一番大規模なレイラインは、中央構造線と言えます。(仮説)
http://calseed.blog31.fc2.com/blog-entry-86.html
「山口の人間が何で、スキーしに行くだけのために、あげな遠かとこまでいかにゃならんとかいな?(博多弁)山口⇒広島⇒岡山⇒兵庫⇒大阪⇒京都⇒滋賀⇒愛知⇒岐阜⇒長野。愛知はかすっただけだとして7県もまたがって。「一緒に行きましょう!」「そうしましょう」と。後で地図で調べて、ぞっとした。が、約束してしまったから、もう遅い。えぃ、ままよ!と、開き直ったが、何故、よく調べもしないのに、OK出してしまったのか、その意味を振り返る努力は怠らなかった。
======================================
直感や思いつきで決めてしまった後は、そのまま行かずに、必ず
「何故、私はそうしたのか・・?」と振り返り、意味づけする習慣を
付けている。そこに思わぬ発見があることが多いからだ。
======================================
年末忙しくしていたので、その振り返りが前日、つまり元旦夜になってしまった。すると、
レイライン探索。
それがひとつの目的だということが判明した。ほとんど子育てや家族サービスという本来の目的など忘れている。自分の好きを極める、その一点に夢中になってしまった。妻は「よくまあ、よく調べもしないで決めたね」とため息ついているし、友樹は「そんな遠いところまで行かなくても良いのに・・」と言うが、無視。今更後へ引けないのだ。
地図で工程を調べてみると、その先に、諏訪湖が見えた。諏訪大社。ビジョンヨガインストラクターYukakoが眠っている地だ。早速翌朝メールをして、前回リーディングでお世話になった宿の情報をもらおうとメールした。(結局会えないことが分かったし、渋滞に巻き込まれてたどり着けず次回参拝することにしたが)、この無謀なツアーの副産物としてレイライン上非常に重要な地であることが判明した。
宮崎の高千穂神社(天孫降臨神話の故郷・天岩戸神社もある)〜淡路島のイザナギ神宮(7年もの間インストラクター認定会でお世話になった地)〜諏訪大社、というラインが見えたからだ。諏訪大社は、中央構造線とフォサマグナの交点に位置している。(上記HP参照)そのライン上より少し外れたところに、おんたけ2240という「ここじゃなければいやだ」という根強いスキーファンの多い聖地御岳山の麓に招かれたわけだ。ちなみに長野のインストラクター二人の郷里・飯田は、大地の割れ目の交点にあり、その隣、中津川を高速で通過してきたわけだ。
御岳山は非常に空気の澄んだところで、帰ってきて非常に元気が続いているのも、そのせいではないかと思った。ゴンドラに登っていくと、「ヒーリングパワー」(が得られます)という看板があるのもうなづける。
さてレイラインだが、高速で下関ー木曽福島まで往復する線上の岐阜(美濃)ー滋賀ー京都ー枚方ー高槻ー神戸ー鳴門までは上記レイラインにほぼ沿ったエリアである。なぜかビジョンヨガインストラクターがいる。レイラインの力により導かれたのか!?(美濃のTインストラクターは認定後ほどなくして亡くなってしまった)
正月の渋滞でイライラしたからICを出て、城好きの息子のために彦根城を見物した「ついでに」多賀大社に立ち寄った。すると、そこは『古事記』にある「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」とのことである。つまり、淡路島の伊邪那岐神宮と縁が深く、淡路島に「幽宮」を構えたとされている。
何とまあ、はちゃめちゃツアーの隠れた目的には、多賀大社にて淡路認定会でお世話になったご挨拶も兼ねていたということか。
帰りの車中で、主要な拠点を通るたびに、インストラクターを支援するマグネタイズ瞑想を行った。長岡京・枚方・高槻・神戸・播州・岡山・・・。すると相生のインストラクターから報告があった。
「今月からのんびりしようとしていたのですが、2年ぶりに岡山の方から連絡があって。月に一回ヨガに行くことになりそうです。」と。中級も受けた医院の奥様で、タッチセラピー手波法の復刻の地(封印を解いた地)が、そこ岡山の児島だったのです。
===土地にご挨拶すると、温故知新の扉が開き、重要な出逢いが起こる。===
こうしてレイライン&温故知新の旅は、2011年の幕開けと共に始まったのでした。
2011年01月07日
今年2011年の正月は・・・。
空けまして、おめでとうございます。年賀を頂いた方、本日家族ツアー?から戻ってきまして、お返事も書けていません。
あるご縁があって、2日から山口県下関の自宅を出発し、長野県大滝村のスキーに行って帰ってきました。その出来事なども大石流子育て日記に相応しいエピソードもありますので、シリーズでお伝えしていきます。名付けて、「大石流はちゃめちゃ思い付き家族ツアー」。
その第一弾は、行程表について。
2011年1月2日早朝出発〜広島着。広島城見学、護国神社参拝。【長男の城好きに応える】
昼過ぎ〜岡山着。岡山城見学、岡山神社参拝。【コマ回し、桃太郎による餅つき見物など正月気分を味わう】
同日夕方〜兵庫県・播州赤穂到着。大石神社参拝。【やっぱり大石家は大石神社でしょ。今年は派手に忠臣蔵の如く、大立ち回り!?いやその伏線を打つのみ。これで3県に渡る三社巡り終了っと。】
7時頃姫路着〜同志?所有のマンション宿泊。【ここで大ハプニングが!!後述します】
3日早朝、子供たちを叩き起こし、神戸着。〜湊川神社参拝。【4箇所目。何故ここか?深い意味があります】
同午前中、映画『生まれる』を家族全員で鑑賞。【すすり泣きがあちこちから・・。小学生の男の子がどう見ていたか!?私の感想も合わせ後述します】
昼食もそこそこに、一路滋賀へ!【場合によっては、コンビニおにぎりに、たっぷりほたかみ振って、時間を稼ぐのも大石流!。最近は7-11の赤飯がお奨め。ほたかみと絶妙なマッチング】
夕刻、渋滞に巻き込まれ、彦根で休息。〜多賀大社へ参拝。大老井伊直弼の彦根城見物。【五箇所目。何故か偶然にも意義のある途中下車でした】
夜10時、各務原にて、イメージ通りのスーパー銭湯に行き、長旅の疲れを癒す。【待ち合わせ場所まで時間調整を兼ねてどこかないかな、と探していたらアッタ!思い切って高速を降りて正解。
4日深夜2時〜定刻待ち合わせの恵那峡SAにて、ゆかさん天婚夫妻と合流。【さあもうすぐスキー場だ!子供たちは爆睡】
7時過ぎ〜木曾おんたけ2240近くのペンションに到着。
9時スキー開始!〜【いや、その前に産まれて初めてチェーンを付けた車でスピンを何度も。あー面白かった。ゆかさんのご主人、結構唖然。】
13時〜リフトに乗って、海斗と、いざ!〜な、なんと初めて滑るのに直滑降でビュンビュン飛ばして転ばない。ただ者ではない運動神経の持ち主。あるいは単純馬鹿な真っ直ぐ系か?後述する価値アリ。【夜はすき焼き、旨かった。宿に関してもPRしたい。素敵なペンション、後述します】
5日〜スキー二日目。3男聖也は、吹雪の中にもかかわらず、キッズルームの前で滑り、板をかついでまた登り、滑り、転び、また登り・・。と1人でずっと練習していた、板初体験。【翌日、あるご夫人から「昨日も何度も1人でやっていたね、すごいですね」と褒められた。それには遺伝的エピソードが・・。後述します。】夜は、味噌鍋でした♪旨い!
6日朝〜夜通し吹雪いて、車輪が埋まっている!大丈夫か、走るのか?時速30キロ制限(カーブでは15キロ未満に減速)で、通常40分で降りる道を、2時間もかけた。しかしスピンの練習のおかげで、事故はなかった。
【エスティマを簡単に半回転させる雪の怖さを(危なくない広いカーブで)肌で感じることで、臨界点を知る、これぞ身体感覚で技術を身に付ける大石流体得術?。
対向車や後続車から笑われようとも、どの程度のスピードでどのようにブレーキをかけると、どうスピンしてしまうのか、臨界点を知ることで会得したものは大きい。遠くから来る対向車に何度も笑われたおかげで、『ここでブレーキを踏むと、確実にスピンする』という感覚が身に付いた。おかげで大雪の後の凍り付いた路面も怖くなかった。】
6日午後6時岡山高松城址見学。【「秀吉の水攻めの城で有名って」。と友樹に立て札を解説すると「ああ、自害した清水宗治(しみずむねはる)でしょ。秀吉のおかげで歴史に残ることになったとも言えるよね」とすっと答えが返ってきた。何者?小学5年生、友樹】↓高松城HP
http://www.bitchu.jp/muneharu/top/index.html
更に、吉備津神社参拝。【6箇所目。何と桃太郎伝説のモチーフ?になった人物を祭っているらしい。吉備一帯を支配していた支配者で、私が想像で「吉備津彦って、まつろわぬ人たちをやっつけた人かもしれないね。カメハメハ大王もそうなんだよ、ドラゴンボールの『カメハメハー!』ってあるでしょ、あれってハワイでは英雄だけど、原住民を崖から何千人も突き落としたんだ。」と言うと、友樹は、
「ふ〜ん、なら、<カメハメハ大王って>ヤマトタケルみたいなんだね。」と即答したので、私は
「そうかもしれないね」と応えた。(なかなか神話も抑えている。。)
続けて私は、
「けどね、あくまで想像だからね、歴史学者がきちんと研究していかないとね」と応えた。すると、
「ボクとけんちゃん(お父さんとは何故か呼ばない)の読みは当たったね。ボクも、何だかそんな気がしたんだ、って言ったでしょ。桃太郎って、ひょっとしてこの人なのかなって。」と、友樹が言った。
歴史的知識が背景にあってこそ成り立つ会話だったが、想像性を駆使した内容に私ももっと勉強しないと、と焦るばかりだった。
歴史見物後〜稲荷山温泉。日本三大稲荷神社の経営?だけあって、すごいスケールだ。
岐阜からSAを度々経て(結構筋肉痛やらできつかった)、子供の「温泉に行きたい!」の声をかなえるべく、探していたらあった、あった。ICから下車30分。仮眠して再出発にはちょうど良い。〜【薬湯がまた、効く〜後述します】
深夜12時30分に岡山を出発。
2時頃宮島SAを経て、【ここもレイライン上非常に重要な意味を持つ】下関に到着は、6日朝の7時になった。
それから寝て、朝のトレーニングに入った。グランド5周【次男は3周、三男は1周】のタイム計測。日課である。木曾の澄み切ったプラーナ粒子(ゴンドラを登った所には「ヒーリング・パワー」と書いてあった。)を吸い込んだ子供たちは元気がいい。
7日下関近郊のほたるの温泉に浸かる。2回入り全員爆睡へー。明日朝からドッジの練習だ。
大石流子育ての基本は、睡眠。
車中だろうがいつでもどこでも爆睡。
そして旅。旅は人を成長させる。
そこに、お金を惜しみなく投じる。
一昨年は、土佐、龍馬の旅だった。
そこで4男琉磨の名前を閃いた。
旅は、人の名付けにもなる。ということだ。
今回は、スキーと歴史の旅を通じて、子供たちの個性を見た。(つづく)
あるご縁があって、2日から山口県下関の自宅を出発し、長野県大滝村のスキーに行って帰ってきました。その出来事なども大石流子育て日記に相応しいエピソードもありますので、シリーズでお伝えしていきます。名付けて、「大石流はちゃめちゃ思い付き家族ツアー」。
その第一弾は、行程表について。
2011年1月2日早朝出発〜広島着。広島城見学、護国神社参拝。【長男の城好きに応える】
昼過ぎ〜岡山着。岡山城見学、岡山神社参拝。【コマ回し、桃太郎による餅つき見物など正月気分を味わう】
同日夕方〜兵庫県・播州赤穂到着。大石神社参拝。【やっぱり大石家は大石神社でしょ。今年は派手に忠臣蔵の如く、大立ち回り!?いやその伏線を打つのみ。これで3県に渡る三社巡り終了っと。】
7時頃姫路着〜同志?所有のマンション宿泊。【ここで大ハプニングが!!後述します】
3日早朝、子供たちを叩き起こし、神戸着。〜湊川神社参拝。【4箇所目。何故ここか?深い意味があります】
同午前中、映画『生まれる』を家族全員で鑑賞。【すすり泣きがあちこちから・・。小学生の男の子がどう見ていたか!?私の感想も合わせ後述します】
昼食もそこそこに、一路滋賀へ!【場合によっては、コンビニおにぎりに、たっぷりほたかみ振って、時間を稼ぐのも大石流!。最近は7-11の赤飯がお奨め。ほたかみと絶妙なマッチング】
夕刻、渋滞に巻き込まれ、彦根で休息。〜多賀大社へ参拝。大老井伊直弼の彦根城見物。【五箇所目。何故か偶然にも意義のある途中下車でした】
夜10時、各務原にて、イメージ通りのスーパー銭湯に行き、長旅の疲れを癒す。【待ち合わせ場所まで時間調整を兼ねてどこかないかな、と探していたらアッタ!思い切って高速を降りて正解。
4日深夜2時〜定刻待ち合わせの恵那峡SAにて、ゆかさん天婚夫妻と合流。【さあもうすぐスキー場だ!子供たちは爆睡】
7時過ぎ〜木曾おんたけ2240近くのペンションに到着。
9時スキー開始!〜【いや、その前に産まれて初めてチェーンを付けた車でスピンを何度も。あー面白かった。ゆかさんのご主人、結構唖然。】
13時〜リフトに乗って、海斗と、いざ!〜な、なんと初めて滑るのに直滑降でビュンビュン飛ばして転ばない。ただ者ではない運動神経の持ち主。あるいは単純馬鹿な真っ直ぐ系か?後述する価値アリ。【夜はすき焼き、旨かった。宿に関してもPRしたい。素敵なペンション、後述します】
5日〜スキー二日目。3男聖也は、吹雪の中にもかかわらず、キッズルームの前で滑り、板をかついでまた登り、滑り、転び、また登り・・。と1人でずっと練習していた、板初体験。【翌日、あるご夫人から「昨日も何度も1人でやっていたね、すごいですね」と褒められた。それには遺伝的エピソードが・・。後述します。】夜は、味噌鍋でした♪旨い!
6日朝〜夜通し吹雪いて、車輪が埋まっている!大丈夫か、走るのか?時速30キロ制限(カーブでは15キロ未満に減速)で、通常40分で降りる道を、2時間もかけた。しかしスピンの練習のおかげで、事故はなかった。
【エスティマを簡単に半回転させる雪の怖さを(危なくない広いカーブで)肌で感じることで、臨界点を知る、これぞ身体感覚で技術を身に付ける大石流体得術?。
対向車や後続車から笑われようとも、どの程度のスピードでどのようにブレーキをかけると、どうスピンしてしまうのか、臨界点を知ることで会得したものは大きい。遠くから来る対向車に何度も笑われたおかげで、『ここでブレーキを踏むと、確実にスピンする』という感覚が身に付いた。おかげで大雪の後の凍り付いた路面も怖くなかった。】
6日午後6時岡山高松城址見学。【「秀吉の水攻めの城で有名って」。と友樹に立て札を解説すると「ああ、自害した清水宗治(しみずむねはる)でしょ。秀吉のおかげで歴史に残ることになったとも言えるよね」とすっと答えが返ってきた。何者?小学5年生、友樹】↓高松城HP
http://www.bitchu.jp/muneharu/top/index.html
更に、吉備津神社参拝。【6箇所目。何と桃太郎伝説のモチーフ?になった人物を祭っているらしい。吉備一帯を支配していた支配者で、私が想像で「吉備津彦って、まつろわぬ人たちをやっつけた人かもしれないね。カメハメハ大王もそうなんだよ、ドラゴンボールの『カメハメハー!』ってあるでしょ、あれってハワイでは英雄だけど、原住民を崖から何千人も突き落としたんだ。」と言うと、友樹は、
「ふ〜ん、なら、<カメハメハ大王って>ヤマトタケルみたいなんだね。」と即答したので、私は
「そうかもしれないね」と応えた。(なかなか神話も抑えている。。)
続けて私は、
「けどね、あくまで想像だからね、歴史学者がきちんと研究していかないとね」と応えた。すると、
「ボクとけんちゃん(お父さんとは何故か呼ばない)の読みは当たったね。ボクも、何だかそんな気がしたんだ、って言ったでしょ。桃太郎って、ひょっとしてこの人なのかなって。」と、友樹が言った。
歴史的知識が背景にあってこそ成り立つ会話だったが、想像性を駆使した内容に私ももっと勉強しないと、と焦るばかりだった。
歴史見物後〜稲荷山温泉。日本三大稲荷神社の経営?だけあって、すごいスケールだ。
岐阜からSAを度々経て(結構筋肉痛やらできつかった)、子供の「温泉に行きたい!」の声をかなえるべく、探していたらあった、あった。ICから下車30分。仮眠して再出発にはちょうど良い。〜【薬湯がまた、効く〜後述します】
深夜12時30分に岡山を出発。
2時頃宮島SAを経て、【ここもレイライン上非常に重要な意味を持つ】下関に到着は、6日朝の7時になった。
それから寝て、朝のトレーニングに入った。グランド5周【次男は3周、三男は1周】のタイム計測。日課である。木曾の澄み切ったプラーナ粒子(ゴンドラを登った所には「ヒーリング・パワー」と書いてあった。)を吸い込んだ子供たちは元気がいい。
7日下関近郊のほたるの温泉に浸かる。2回入り全員爆睡へー。明日朝からドッジの練習だ。
大石流子育ての基本は、睡眠。
車中だろうがいつでもどこでも爆睡。
そして旅。旅は人を成長させる。
そこに、お金を惜しみなく投じる。
一昨年は、土佐、龍馬の旅だった。
そこで4男琉磨の名前を閃いた。
旅は、人の名付けにもなる。ということだ。
今回は、スキーと歴史の旅を通じて、子供たちの個性を見た。(つづく)
2011年01月01日
2010年の締めくくりに子供に試験をさせました!
明けまして、おめでとうござます。本年も宜しくお願いします。
お願いって何のことでしょうか。日本人はよく使いますが、私はこの場で、読んでくれる人がいることに感謝しつつ、今後ともご愛顧をお願いします、と言う意味で使います。
ある方に「龍馬伝は見る気はないが、大石さんのブログ読めば十分かな、と」そういう人もいるんだ〜と感心したのです。もう一つのバースビジョンブログに連載した龍馬伝の講評。というか幕末維新を題材にしたバースビジョン観であり、必ずしもドラマの制作意図とは関係なかったりしますが。
その言葉を聞いたとき「こりゃ、自己満足ではいけないな」と反省したのでした。ほとんど自分の知識を整理するために綴ったので、読者というのを意識しませんでした。(歴史学者になる、と志宣言した息子が大きくなって読んでくれたらそれでいい)という程度だったので。
しかし!2010年は、読ませる!魅せる!ということを意識して記事にします。言わば観に来てくれるメルマガ。それでいて価値観や正義を押し付けることなく、うちではこうですよ、ということをありのままに綴ることに徹し、決して、真似しましょう、とか、これが正しい子育て法です、などとは口が裂けても言わない。第一、そんな言えるほど経験していないし。
ただ4人の子育てを通じて、今の日本に必要だろうな、幼稚園や学校で教えてくれないから家でやるしかないな、ということで工夫した子育て法を信念もってやってますよ、という自信はにじませますし、我が子を実験台にしてこれは確かに、教育効果として効き目がある!と思ったものは、講座にしてでも普及していく意思はあります。それが「寺子屋馬関塾」です。
それら「大石流子育て法」を今年は、写真入りで公開してゆくことを、宣言します!(まだノウハウは身についていないが、PC苦手です)
ブログ読者が少しでも参考になれば、ということで語りますが、くれぐれもこれが正しい、と言っているのではない、という事をお忘れなきようお願いします。(これも新年のお願いの一つです)
でないと、うちの子育てと違いすぎる、と比較し、もしかしたら自己嫌悪になってしまっては本位ではないですから。あるいは、非常識!と非難されても困るし。だから、ふ〜ん、変わった子育てしているんですね、くらいに面白がってくれたら一番ラクです。そういう意味では、子供の担任の先生が読んでいたらどうしよう、、という、ばれるとヤバイ内容も公表してしまいます。
このブログの開設意図は、「常識にとらわれない、自然体の家庭教育の在り方をありのままに綴る」です。新年の冒頭でお伝えしておきます。では、2011年初の記事は、大晦日に行いました、ジャーん!
2010年の締めくくりに子供に試験をさせました!
の巻です。
何の試験?それは、大学の暗唱です。大学って何?から説明しないといけませんね。
大学(だいがく)とは儒教の経書の一つ。南宋以降、『中庸』『論語』『孟子』と合わせて四書とされた。朱子学において自己修養から始めて多くの人を救済する政治へと段階的に発展していく儒者にとっての基本綱領が示されているとして重要視された。(ウィキペディアによる)
大学とは、江戸時代の武士の必須学科であり、特に指導的立場になるべき人材は、四書五経を教科書に朱子学を納めていた。高杉晋作・中岡慎太郎・西郷隆盛ら幕末の志士は、それだけでは収まらず、保守的な朱子学に対して、朱子学を発展させた(あるいはその本家を一部否定した)革命思想を育む陽明学という一派の流れを汲む学問を修め、明治維新の知の原動力となった。
説明していくと、何の試験をしたか、という本題になかなか入れないので、続きは別の機会にしますが、長男友樹と次男海斗に対して、(もちろん正座で)この大学を暗唱させる試験をしたのです。
友樹は3頁、海斗は2頁、本からコピーした資料を見ずに、声高らかに暗唱しました。見事、最後まで言えて合格!それから夕食へ、となったのです。
大学の中身はと言いますと、こんな感じです。
大学の道は、明徳(めいとく)を明らかにするにあり、民を親たにするにあり、至善(しぜん)に止(とど)まるにあり。
止(とど)まるを知ってのち定(さだ)まるあり、定まってのちよく静かに、静かにしてのちよく安(やす)く、安くしてのちよく慮(おもんぱか)り、慮りてのちよく得(う)。
物に本末あり、事(こと)に終始あり。先後(せんこう)するところを知ればすなわち道に近し。
古(いにしえ)の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は、まずその国を治む。
その国を治めんと欲する者は、まずその家を斉(ととの)う。
その家を斉(ととの)えんと欲する者は、まずその身を修む。
その身を修めんと欲する者は、まずその心を正しくす。
その心を正しくせんと欲する者は、まずその意を誠(まこと)にす。
その意を誠にせんと欲する者は、まずその知を致す。
知を致すは物に格(いた)るに在り。
http://blog.katei-x.net/blog/2008/04/000520.html (より抜粋)
これで1ページ分弱くらいかな。春休みまでには16頁くらい暗唱させて一年かけて全文暗唱、意味も読解して一工程(一単位)収める。というカリキュラムの予定です。
ちなみに三男聖也は、まだ基礎工程ですから、幼年要目10項目と、松陰先生の
「君子の尊ぶところのものは志のみ たんなく志なくんば、すなわちくくの才知 また何のようかこれを為さん」など7種類くらいと、西郷隆盛の
「道は天地自然のものにして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす」など10種を暗唱。後半は忘れていて、友樹に助けられたが。
新年は、実語教(寺子屋の幼年教育で必ず教えられた基礎中の基礎。650年から続く教科書のロングセラー。)のおさらいから始めなければならない。
「山高きが故に貴からず。知あるをもって貴しとす。人肥たるがゆえに貴からず。樹あるをもって貴しとす」。から始まる30種程度。←身分が上だったり金持ちが偉いのではない、知恵がありお手本となるものを持っている人が貴いのだ、という教え。日本人が皆忘れてしまった徳目です。
それと、日進公いろは歌。
「いにしえの道を聞きても唱えても、我が行いにせずば甲斐なし」(知っているだけではだめだ、行動に移さないと意味がない、の意)から始まる薩摩藩の郷中教育の基礎。
この二つ、全部覚えたのに、全部忘れているー!子供の暗記能力は凄いものがあるが、忘れるのも早い(またすぐ思い出すが)。反復トレーニングが大切だ。
もう5、6年も前から(つまり4歳になったら)、こうした江戸時代には当たり前だった論語等の暗唱教育を施している我が家では、壁いっぱいに張り出され、毎朝唱和してから学校へ行く習慣を付けている。
以下は、大学・四書五経で検索をかけていたら、出てきた看護婦向けの研修HP。後で見返したいのでコピーしておきました。参照下さい。
http://www.cnsi.co.jp/seminar1/shisyo.html
子どもは大人の鏡(ドロシー・L・ノルテ)
子どもは、批判されて育つと、人を責めることを学ぶ
子どもは、憎しみの中で育つと、人と争うことを学ぶ
子どもは、恐怖の中で育つと、オドオドした小心者になる
子どもは、憐れみを受けて育つと、自分を可哀想だと思うようになる
子どもは、馬鹿にされて育つと、自分を表現できなくなる
子どもは、嫉妬の中で育つと、人をねたむようになる
子どもは、ひけめを感じながら育つと、罪悪感を持つようになる
子どもは、辛抱強さを見て育つと、耐えることを学ぶ
子どもは、正直さと公平さを見て育つと、真実と正義を学ぶ
子どもは、励まされて育つと、自信を持つようになる
子どもは、ほめられて育つと、人に感謝するようになる
子どもは、存在を認められて育つと、自分を好きになる
子どもは、努力を認められて育つと、目標をもつようになる
子どもは、みなで分け合うのを見て育つと、人に分け与えるようになる
子どもは、静かな落ち着きの中で育つと、平和な心を持つようになる
子どもは、安心感を与えられて育つと、自分や人を信じるようになる
子どもは、親しみに満ちた雰囲気の中で育つと、生きることは楽しいことだと知る
子どもは、まわりから受け入れられて育つと、世界中が夢に溢れていることを知る
お願いって何のことでしょうか。日本人はよく使いますが、私はこの場で、読んでくれる人がいることに感謝しつつ、今後ともご愛顧をお願いします、と言う意味で使います。
ある方に「龍馬伝は見る気はないが、大石さんのブログ読めば十分かな、と」そういう人もいるんだ〜と感心したのです。もう一つのバースビジョンブログに連載した龍馬伝の講評。というか幕末維新を題材にしたバースビジョン観であり、必ずしもドラマの制作意図とは関係なかったりしますが。
その言葉を聞いたとき「こりゃ、自己満足ではいけないな」と反省したのでした。ほとんど自分の知識を整理するために綴ったので、読者というのを意識しませんでした。(歴史学者になる、と志宣言した息子が大きくなって読んでくれたらそれでいい)という程度だったので。
しかし!2010年は、読ませる!魅せる!ということを意識して記事にします。言わば観に来てくれるメルマガ。それでいて価値観や正義を押し付けることなく、うちではこうですよ、ということをありのままに綴ることに徹し、決して、真似しましょう、とか、これが正しい子育て法です、などとは口が裂けても言わない。第一、そんな言えるほど経験していないし。
ただ4人の子育てを通じて、今の日本に必要だろうな、幼稚園や学校で教えてくれないから家でやるしかないな、ということで工夫した子育て法を信念もってやってますよ、という自信はにじませますし、我が子を実験台にしてこれは確かに、教育効果として効き目がある!と思ったものは、講座にしてでも普及していく意思はあります。それが「寺子屋馬関塾」です。
それら「大石流子育て法」を今年は、写真入りで公開してゆくことを、宣言します!(まだノウハウは身についていないが、PC苦手です)
ブログ読者が少しでも参考になれば、ということで語りますが、くれぐれもこれが正しい、と言っているのではない、という事をお忘れなきようお願いします。(これも新年のお願いの一つです)
でないと、うちの子育てと違いすぎる、と比較し、もしかしたら自己嫌悪になってしまっては本位ではないですから。あるいは、非常識!と非難されても困るし。だから、ふ〜ん、変わった子育てしているんですね、くらいに面白がってくれたら一番ラクです。そういう意味では、子供の担任の先生が読んでいたらどうしよう、、という、ばれるとヤバイ内容も公表してしまいます。
このブログの開設意図は、「常識にとらわれない、自然体の家庭教育の在り方をありのままに綴る」です。新年の冒頭でお伝えしておきます。では、2011年初の記事は、大晦日に行いました、ジャーん!
2010年の締めくくりに子供に試験をさせました!
の巻です。
何の試験?それは、大学の暗唱です。大学って何?から説明しないといけませんね。
大学(だいがく)とは儒教の経書の一つ。南宋以降、『中庸』『論語』『孟子』と合わせて四書とされた。朱子学において自己修養から始めて多くの人を救済する政治へと段階的に発展していく儒者にとっての基本綱領が示されているとして重要視された。(ウィキペディアによる)
大学とは、江戸時代の武士の必須学科であり、特に指導的立場になるべき人材は、四書五経を教科書に朱子学を納めていた。高杉晋作・中岡慎太郎・西郷隆盛ら幕末の志士は、それだけでは収まらず、保守的な朱子学に対して、朱子学を発展させた(あるいはその本家を一部否定した)革命思想を育む陽明学という一派の流れを汲む学問を修め、明治維新の知の原動力となった。
説明していくと、何の試験をしたか、という本題になかなか入れないので、続きは別の機会にしますが、長男友樹と次男海斗に対して、(もちろん正座で)この大学を暗唱させる試験をしたのです。
友樹は3頁、海斗は2頁、本からコピーした資料を見ずに、声高らかに暗唱しました。見事、最後まで言えて合格!それから夕食へ、となったのです。
大学の中身はと言いますと、こんな感じです。
大学の道は、明徳(めいとく)を明らかにするにあり、民を親たにするにあり、至善(しぜん)に止(とど)まるにあり。
止(とど)まるを知ってのち定(さだ)まるあり、定まってのちよく静かに、静かにしてのちよく安(やす)く、安くしてのちよく慮(おもんぱか)り、慮りてのちよく得(う)。
物に本末あり、事(こと)に終始あり。先後(せんこう)するところを知ればすなわち道に近し。
古(いにしえ)の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は、まずその国を治む。
その国を治めんと欲する者は、まずその家を斉(ととの)う。
その家を斉(ととの)えんと欲する者は、まずその身を修む。
その身を修めんと欲する者は、まずその心を正しくす。
その心を正しくせんと欲する者は、まずその意を誠(まこと)にす。
その意を誠にせんと欲する者は、まずその知を致す。
知を致すは物に格(いた)るに在り。
http://blog.katei-x.net/blog/2008/04/000520.html (より抜粋)
これで1ページ分弱くらいかな。春休みまでには16頁くらい暗唱させて一年かけて全文暗唱、意味も読解して一工程(一単位)収める。というカリキュラムの予定です。
ちなみに三男聖也は、まだ基礎工程ですから、幼年要目10項目と、松陰先生の
「君子の尊ぶところのものは志のみ たんなく志なくんば、すなわちくくの才知 また何のようかこれを為さん」など7種類くらいと、西郷隆盛の
「道は天地自然のものにして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす」など10種を暗唱。後半は忘れていて、友樹に助けられたが。
新年は、実語教(寺子屋の幼年教育で必ず教えられた基礎中の基礎。650年から続く教科書のロングセラー。)のおさらいから始めなければならない。
「山高きが故に貴からず。知あるをもって貴しとす。人肥たるがゆえに貴からず。樹あるをもって貴しとす」。から始まる30種程度。←身分が上だったり金持ちが偉いのではない、知恵がありお手本となるものを持っている人が貴いのだ、という教え。日本人が皆忘れてしまった徳目です。
それと、日進公いろは歌。
「いにしえの道を聞きても唱えても、我が行いにせずば甲斐なし」(知っているだけではだめだ、行動に移さないと意味がない、の意)から始まる薩摩藩の郷中教育の基礎。
この二つ、全部覚えたのに、全部忘れているー!子供の暗記能力は凄いものがあるが、忘れるのも早い(またすぐ思い出すが)。反復トレーニングが大切だ。
もう5、6年も前から(つまり4歳になったら)、こうした江戸時代には当たり前だった論語等の暗唱教育を施している我が家では、壁いっぱいに張り出され、毎朝唱和してから学校へ行く習慣を付けている。
以下は、大学・四書五経で検索をかけていたら、出てきた看護婦向けの研修HP。後で見返したいのでコピーしておきました。参照下さい。
http://www.cnsi.co.jp/seminar1/shisyo.html
子どもは大人の鏡(ドロシー・L・ノルテ)
子どもは、批判されて育つと、人を責めることを学ぶ
子どもは、憎しみの中で育つと、人と争うことを学ぶ
子どもは、恐怖の中で育つと、オドオドした小心者になる
子どもは、憐れみを受けて育つと、自分を可哀想だと思うようになる
子どもは、馬鹿にされて育つと、自分を表現できなくなる
子どもは、嫉妬の中で育つと、人をねたむようになる
子どもは、ひけめを感じながら育つと、罪悪感を持つようになる
子どもは、辛抱強さを見て育つと、耐えることを学ぶ
子どもは、正直さと公平さを見て育つと、真実と正義を学ぶ
子どもは、励まされて育つと、自信を持つようになる
子どもは、ほめられて育つと、人に感謝するようになる
子どもは、存在を認められて育つと、自分を好きになる
子どもは、努力を認められて育つと、目標をもつようになる
子どもは、みなで分け合うのを見て育つと、人に分け与えるようになる
子どもは、静かな落ち着きの中で育つと、平和な心を持つようになる
子どもは、安心感を与えられて育つと、自分や人を信じるようになる
子どもは、親しみに満ちた雰囲気の中で育つと、生きることは楽しいことだと知る
子どもは、まわりから受け入れられて育つと、世界中が夢に溢れていることを知る
2010年12月20日
生みの親と育ての親
今日、熟考作業をしていてある発見をした。感覚で生きてきた私も大事な場面では、熟考する。それ自体ぐーっと思考の奥に入るという意味で熟考と呼ぶが、瞑想とイコールにしてもいい。直感というには時間をかけてしまうので(今日は3時間も)、ぱっとひらめいた時(まさに3時間後)が瞑想が起こる瞬間で、表題の言葉が浮かんで答えが出たわけだ。だから考えながら瞑想していたという風にも言える。
ぱっと閃くだけの直感と違い、熟考を伴う回答はこうして文章になり人に伝えられるというメリットがある。ゆえに、感覚人間がひとたび組織的行動を必要とする場合、どうしても直感の言語化が必要とされる。
さて、生みの親と育ての親。
昔の日本はそれが各地、津々浦々で機能していた、らしい。私の間脳がそう言っている。詳しく調べたわけではないが、今はその史実を明かす時間ではないから本能で捉えてほしい。育ての親は乳母とも言い、場合によっては(帝王学を学ばせる必要のある家系では)、生まれたとたんに実の母親と引き離され、乳母が乳を与え、寺の師匠が幼児教育を施した。(らしい。見たわけではない)
一般の家庭教育も必ずしも母親べったりでいつまでも母だけが教育したわけではなく、地域の皆が協力して育てた風潮があった(はずである、私の昔の頃を思い出してもそんな名残はあった)。
恐らく米国型文化や制度や産業が進入してきた結果だろう。
核家族が当たり前になり、それを推奨する住宅のあり方がパッケージ販売され(2×4とか、二世帯住宅とか)大家族制度を破壊する意図的な住宅政策や、添い寝は良くないというメディアの戦略とか、大店舗法改正により大型のチェーン展開型のスーパーが地域社会を破壊し、商店主と心の通った買い物をする機会も激減し、風邪を引いたら小児科へ駆け込み、習い事は専門の塾に、お産は近所の産婆ではなく近代的な産院で”安全に”生ませてもらう、おもちゃは凧や竹とんぼなど近所のおじさんに習って作るものではなく、デパートで買うもの、という具合に地域ぐるみの子育てをするという風習がことごとく消えてしまった。
そのせいで便利になって何でもお金で買えるようになったが、地域社会というものを失った。うちの近所でも子供会に入らない家庭が増えている。私の頃は信じられない現象だ。子供が少なくて、餅つき大会をしても、大人の手が足りず適当に突いたら、男たちはダウンして、電動餅つき機で出来た御餅を配る始末である。だったら、最初から会員の家庭に電動餅を配ればいいではないか。と冷めた目で見てしまうほど、寒い空気が流れている。高齢化で突き手が少ないこともあるが。そういう自分はドッジの試合でもちつきに参加できなかったりするし。
話は戻して。生みの親は、もちろん一番大事。だが、何も3つ子までの間にも他の女性が母親代わりになったっていいのではないか、と思った。どうしても働きにでたい母がいたら近所の子供のいない女性が子育ての真似をしてみる。愛情を注いでみる。むろん、母が仕事から帰ってくる間だけだ。晩御飯は母が作る。あるいは父親ががんばって主婦の真似をしてみる。
母乳が出ないからすぐにミルクではなく、近所のお母さんのお乳を借りる。それがかつての日本にはあった(らしい)。要は、たいがいのことは、隣近所プラスアルファの世界で完結していたらしいのだ。擦り傷は、そこらへんの庭先のアロエを塗って、また野原を駆けずり回る。
今時の子供は野原というものがことごとく破壊されて、便利で安全な公園というものになり、ごみを散らかしても専門の掃除のおばさんが毎朝きれいにしてくれる(うちの近くの公団の場合。お寺みたいに、箒の柄で砂にきれいに輪を作り、歩くと申し訳ないくらい清掃し、また夕方になるとペットボトルとお菓子の袋が散乱している。誰も注意しないのか・・)。
木登りをするかわりに水泳教室という具合に、(うちも考えなければならないが)子育てのサービスをお金で買い、ローンを払うために母親は働きに出て、子供にさびしい思いをさせている、という構図の中でDSやカードを始め、サービスと称して企業が儲けている。その収益は国の税収となり防衛費となり米国債を買いまくり、アフガンの軍事行動の支えになっている。何か恐ろしい歯車の中に生きている気がしてならないのだ。
経済を癒す、という理念を掲げて2013年で20年になる(だから今年18年目)。
確かに志の大切さやバースビジョンを浸透する活動は実を結び始めている。が、世の中にうねり出すにはもう一押し、何かが足りない、そう思っていた。その答えは、ここにあった。
タッチセラピスト育成プログラムに「育み」という制度がある。ビジョンヨガでは何故か紹介者がすごく大きな存在だが、育みとは、先輩が新人を教えるという関わり方。だかあ始めてあっても成り立つのだ。
子供を育てたことのない、つまり紹介していない人が、その技能を持って指導にあたる、教育をする。これはつまり、生みの親だけではなく、育ての親が幼児教育をするようなものだ。
つまり、自分の子供は自分で育てないといけない、という発想を手放し、地域の環境が育てるんだ、という意識から行動すると、最初は執着して心配になるが、何のことはない、結構やるじゃないか、我が息子よ、って結果になるケースが多い。
昨日、ドッジの忘年会みたいなものを始めて行ったが、それも3年目にしてキャプテンの母親が発案し実現したもの。バーベキューも二度も企画してくれた。そういうこともあってチーム団結力が高まってきて、ここ2大会も事務局やら審判やらで、まともに監督をしてこなかったにも関わらず、成績がすごく上がってきて「強くなりましたね!」と他の監督から羨ましがられるようになっている。
ベンチにも監督が不在で、その後のミーティングにもキャプテンを中心に反省会を開いている。あれほど言い聞かせても、まるでばらばらだったのに。急激に成長しているではないか。子供も父兄会も。
では監督である私が何かしたかというと、特にしていない。むしろ諦めていたところだった。精神面で幼くあと一ヶ月で間に合わないから、次の世代を早いうちから育成しようか、などと(本音)
あきらめの、「め」は、芽の意味だ、と誰かが言っていた。温故知新。まさにその通りの現実が展開されようとしている。つまりチームは私が産み落とした。しかし私のものではない、するつもりもなかったが、育てる担い手として一人で関わってきた。妻も協力したが、無理がある。第三者的立場の支援者が必要だった、それがキャプテンの母親だった。言わば育み役、育ての親。(ビジョンヨガではよりさんね)
「卒業しても、バーべキュー企画するからね!」なんて言っていた。キャプテンは県内随一のアタッカー。練習に来てくれたらどれだけプラスか。そのお母さんがぽろっと言っていた。
「その時には、もう監督(私のこと)はいなかったりして・・」と。無意識の意図もない発言だっただろうが、あーそういう未来もあるよな。と時間軸が一気に未来に飛んだ。
私が求めていた育ての親。こんなに身近なところにいたなんて。感謝。食事ものどを通らずしんみりとしていると「なに、監督!しんみりしちゃって!ぜんぜん食べていないじゃない、そんなにうれしいんですかぁ」と。超いたきもー。90分間小さくなってました。
話はそれまくりだが、生みの親と育ての親。
ビジョンヨガインストラクターにせよ、タッチセラピストにせよ、独立自営の開業をすることになる。女性のプチ起業が一頃流行ったがそれに近い。主婦をしながら好きを形にし、人に喜んでもらい報酬を受け取る、天職。
だからといって、そのお客様を獲得することから、メンテナンスやアフターケアまですべて自分ひとりでする必要はない。私は1993年の開業当時からそう達観していた。
私がこの仕事を始めたということは、天命である。天命に沿った天職であるならば、そのサービスなりを待っている人がいるはずである。何故なら誰もあてにしていない、役に立たない、地域に必要とされていないのならば、お呼びがかからないはずだからである。
もし、道が違っていたら途中でストップがかかるであろう、もし道が正しければお客様がつくであろう。経営難に陥り、お金のために四苦八苦しなければならない天職などありえない。生活をしていくだけの十分な支援を受けられるに違いない。でなければおかしい。理屈に合わない。
そう思考し、果たして初年度年収600万(粗利)をあげ、20万円の家賃を払いきれた。その自信は、証券時代にさかのぼる。
「私が営業マンとしてこの会社に入ったのは、役に立つためである。でなければ就職できていない。使えると思われたから面接に受かったのだ。
ということは会社に残れるだけの顧客がどこかにいるはずである、いなければおかしい、理屈に合わない。私が会社に残れるに見合う大口の顧客を探そう。何としても探そう。競争相手が10社あろうと、関係ない。私を待っている大口顧客が私が割り当てられたエリアに必ずいるはずだ」。
そう論理立て、動機付け、歩いた。靴は3ヶ月持たない。名刺300枚もすぐに追加発注。
果たして私を待っていた社長に出会えた。売り上げは急増、店の窮地を救ったこともある。そのおかげで人事異動できた。
初めて飛び込み訪問したとき、その築地の肉の問屋の秋山社長は、私を鼻で笑って追い返した。「株はやっていないよ」と。その声の響きと口元と目線で、出会いを感じた。ビビッと来て、通いつめた。すると、
「君は証券会社には珍しいおとなしい営業マンだな。他はもっとがつがつしているよ。(この辺り呼吸力と言えそうだ、ヨガ瞑想やっていたし)何故か『座んなよ』って言いたくなるんだよな、大丈夫?干されていない?って心配してさ。」と言われ、持ち前の直感の言語化で論理的セールスが実を結び、ピーク3億預かる大口顧客に成長した。
またまた話がそれているようだ。今日はおかしいー。
とりあえず、私の営業経験は、子供のドッジのメンバー募集に生かされているということで、大石流子育て支援のその一。ほしいものは(チームを)作ってでも手にしろ。(大人を当てにするな)
またまた話を元に戻して。
開業したからといって、自力で全部する必要はない、ということ。
生みの親がいれば、育ての親がいる。
自分の成長もその場所も地域の皆で作っていくもの。例えば私の事務所兼セミナールームは、自分が始めたけど自分のものではない、とはっきり意識していたから、この心地よい空間を必要としてくれる仲間に出会えるはずだ、と信じて疑わなかったので、当然のように会場費を払って使ってくれる人が現れたし、隠れ家のように気に入ってくれて、紹介連鎖も次々に起こった。年末のパーティには、大勢集まってくれた。新企画も次々生まれて、経営が危うくなっても全く心配せずに次の流れに乗れた。お客が来ないときは、カードローンをして温泉に泊まりに行った。すると翌日留守電に予約が入っていたっけ。
育ててくれる出会いがあって、はじめて生み出すことが出来た。
その出会いは未来だから、生み出すとき(開業を決断するとき)は、まだ出会っていない。
しかし決めなければ、物語は始まらない。
バースビジョンとは、地図のない航海だから、常に心の軸に羅針盤を持っていなければならない。
それをすることが、志にかなっていますか、それをすることになっていると思いますか。
天命の流れに沿っていると感じられれば、その事を実現するサポートは手に入ります。
私の経験から、そう断言できます。
生みの親が生む決心をするから、育ての親が現れる。それが地球の法則であり、日本の伝統です。
ぱっと閃くだけの直感と違い、熟考を伴う回答はこうして文章になり人に伝えられるというメリットがある。ゆえに、感覚人間がひとたび組織的行動を必要とする場合、どうしても直感の言語化が必要とされる。
さて、生みの親と育ての親。
昔の日本はそれが各地、津々浦々で機能していた、らしい。私の間脳がそう言っている。詳しく調べたわけではないが、今はその史実を明かす時間ではないから本能で捉えてほしい。育ての親は乳母とも言い、場合によっては(帝王学を学ばせる必要のある家系では)、生まれたとたんに実の母親と引き離され、乳母が乳を与え、寺の師匠が幼児教育を施した。(らしい。見たわけではない)
一般の家庭教育も必ずしも母親べったりでいつまでも母だけが教育したわけではなく、地域の皆が協力して育てた風潮があった(はずである、私の昔の頃を思い出してもそんな名残はあった)。
恐らく米国型文化や制度や産業が進入してきた結果だろう。
核家族が当たり前になり、それを推奨する住宅のあり方がパッケージ販売され(2×4とか、二世帯住宅とか)大家族制度を破壊する意図的な住宅政策や、添い寝は良くないというメディアの戦略とか、大店舗法改正により大型のチェーン展開型のスーパーが地域社会を破壊し、商店主と心の通った買い物をする機会も激減し、風邪を引いたら小児科へ駆け込み、習い事は専門の塾に、お産は近所の産婆ではなく近代的な産院で”安全に”生ませてもらう、おもちゃは凧や竹とんぼなど近所のおじさんに習って作るものではなく、デパートで買うもの、という具合に地域ぐるみの子育てをするという風習がことごとく消えてしまった。
そのせいで便利になって何でもお金で買えるようになったが、地域社会というものを失った。うちの近所でも子供会に入らない家庭が増えている。私の頃は信じられない現象だ。子供が少なくて、餅つき大会をしても、大人の手が足りず適当に突いたら、男たちはダウンして、電動餅つき機で出来た御餅を配る始末である。だったら、最初から会員の家庭に電動餅を配ればいいではないか。と冷めた目で見てしまうほど、寒い空気が流れている。高齢化で突き手が少ないこともあるが。そういう自分はドッジの試合でもちつきに参加できなかったりするし。
話は戻して。生みの親は、もちろん一番大事。だが、何も3つ子までの間にも他の女性が母親代わりになったっていいのではないか、と思った。どうしても働きにでたい母がいたら近所の子供のいない女性が子育ての真似をしてみる。愛情を注いでみる。むろん、母が仕事から帰ってくる間だけだ。晩御飯は母が作る。あるいは父親ががんばって主婦の真似をしてみる。
母乳が出ないからすぐにミルクではなく、近所のお母さんのお乳を借りる。それがかつての日本にはあった(らしい)。要は、たいがいのことは、隣近所プラスアルファの世界で完結していたらしいのだ。擦り傷は、そこらへんの庭先のアロエを塗って、また野原を駆けずり回る。
今時の子供は野原というものがことごとく破壊されて、便利で安全な公園というものになり、ごみを散らかしても専門の掃除のおばさんが毎朝きれいにしてくれる(うちの近くの公団の場合。お寺みたいに、箒の柄で砂にきれいに輪を作り、歩くと申し訳ないくらい清掃し、また夕方になるとペットボトルとお菓子の袋が散乱している。誰も注意しないのか・・)。
木登りをするかわりに水泳教室という具合に、(うちも考えなければならないが)子育てのサービスをお金で買い、ローンを払うために母親は働きに出て、子供にさびしい思いをさせている、という構図の中でDSやカードを始め、サービスと称して企業が儲けている。その収益は国の税収となり防衛費となり米国債を買いまくり、アフガンの軍事行動の支えになっている。何か恐ろしい歯車の中に生きている気がしてならないのだ。
経済を癒す、という理念を掲げて2013年で20年になる(だから今年18年目)。
確かに志の大切さやバースビジョンを浸透する活動は実を結び始めている。が、世の中にうねり出すにはもう一押し、何かが足りない、そう思っていた。その答えは、ここにあった。
タッチセラピスト育成プログラムに「育み」という制度がある。ビジョンヨガでは何故か紹介者がすごく大きな存在だが、育みとは、先輩が新人を教えるという関わり方。だかあ始めてあっても成り立つのだ。
子供を育てたことのない、つまり紹介していない人が、その技能を持って指導にあたる、教育をする。これはつまり、生みの親だけではなく、育ての親が幼児教育をするようなものだ。
つまり、自分の子供は自分で育てないといけない、という発想を手放し、地域の環境が育てるんだ、という意識から行動すると、最初は執着して心配になるが、何のことはない、結構やるじゃないか、我が息子よ、って結果になるケースが多い。
昨日、ドッジの忘年会みたいなものを始めて行ったが、それも3年目にしてキャプテンの母親が発案し実現したもの。バーベキューも二度も企画してくれた。そういうこともあってチーム団結力が高まってきて、ここ2大会も事務局やら審判やらで、まともに監督をしてこなかったにも関わらず、成績がすごく上がってきて「強くなりましたね!」と他の監督から羨ましがられるようになっている。
ベンチにも監督が不在で、その後のミーティングにもキャプテンを中心に反省会を開いている。あれほど言い聞かせても、まるでばらばらだったのに。急激に成長しているではないか。子供も父兄会も。
では監督である私が何かしたかというと、特にしていない。むしろ諦めていたところだった。精神面で幼くあと一ヶ月で間に合わないから、次の世代を早いうちから育成しようか、などと(本音)
あきらめの、「め」は、芽の意味だ、と誰かが言っていた。温故知新。まさにその通りの現実が展開されようとしている。つまりチームは私が産み落とした。しかし私のものではない、するつもりもなかったが、育てる担い手として一人で関わってきた。妻も協力したが、無理がある。第三者的立場の支援者が必要だった、それがキャプテンの母親だった。言わば育み役、育ての親。(ビジョンヨガではよりさんね)
「卒業しても、バーべキュー企画するからね!」なんて言っていた。キャプテンは県内随一のアタッカー。練習に来てくれたらどれだけプラスか。そのお母さんがぽろっと言っていた。
「その時には、もう監督(私のこと)はいなかったりして・・」と。無意識の意図もない発言だっただろうが、あーそういう未来もあるよな。と時間軸が一気に未来に飛んだ。
私が求めていた育ての親。こんなに身近なところにいたなんて。感謝。食事ものどを通らずしんみりとしていると「なに、監督!しんみりしちゃって!ぜんぜん食べていないじゃない、そんなにうれしいんですかぁ」と。超いたきもー。90分間小さくなってました。
話はそれまくりだが、生みの親と育ての親。
ビジョンヨガインストラクターにせよ、タッチセラピストにせよ、独立自営の開業をすることになる。女性のプチ起業が一頃流行ったがそれに近い。主婦をしながら好きを形にし、人に喜んでもらい報酬を受け取る、天職。
だからといって、そのお客様を獲得することから、メンテナンスやアフターケアまですべて自分ひとりでする必要はない。私は1993年の開業当時からそう達観していた。
私がこの仕事を始めたということは、天命である。天命に沿った天職であるならば、そのサービスなりを待っている人がいるはずである。何故なら誰もあてにしていない、役に立たない、地域に必要とされていないのならば、お呼びがかからないはずだからである。
もし、道が違っていたら途中でストップがかかるであろう、もし道が正しければお客様がつくであろう。経営難に陥り、お金のために四苦八苦しなければならない天職などありえない。生活をしていくだけの十分な支援を受けられるに違いない。でなければおかしい。理屈に合わない。
そう思考し、果たして初年度年収600万(粗利)をあげ、20万円の家賃を払いきれた。その自信は、証券時代にさかのぼる。
「私が営業マンとしてこの会社に入ったのは、役に立つためである。でなければ就職できていない。使えると思われたから面接に受かったのだ。
ということは会社に残れるだけの顧客がどこかにいるはずである、いなければおかしい、理屈に合わない。私が会社に残れるに見合う大口の顧客を探そう。何としても探そう。競争相手が10社あろうと、関係ない。私を待っている大口顧客が私が割り当てられたエリアに必ずいるはずだ」。
そう論理立て、動機付け、歩いた。靴は3ヶ月持たない。名刺300枚もすぐに追加発注。
果たして私を待っていた社長に出会えた。売り上げは急増、店の窮地を救ったこともある。そのおかげで人事異動できた。
初めて飛び込み訪問したとき、その築地の肉の問屋の秋山社長は、私を鼻で笑って追い返した。「株はやっていないよ」と。その声の響きと口元と目線で、出会いを感じた。ビビッと来て、通いつめた。すると、
「君は証券会社には珍しいおとなしい営業マンだな。他はもっとがつがつしているよ。(この辺り呼吸力と言えそうだ、ヨガ瞑想やっていたし)何故か『座んなよ』って言いたくなるんだよな、大丈夫?干されていない?って心配してさ。」と言われ、持ち前の直感の言語化で論理的セールスが実を結び、ピーク3億預かる大口顧客に成長した。
またまた話がそれているようだ。今日はおかしいー。
とりあえず、私の営業経験は、子供のドッジのメンバー募集に生かされているということで、大石流子育て支援のその一。ほしいものは(チームを)作ってでも手にしろ。(大人を当てにするな)
またまた話を元に戻して。
開業したからといって、自力で全部する必要はない、ということ。
生みの親がいれば、育ての親がいる。
自分の成長もその場所も地域の皆で作っていくもの。例えば私の事務所兼セミナールームは、自分が始めたけど自分のものではない、とはっきり意識していたから、この心地よい空間を必要としてくれる仲間に出会えるはずだ、と信じて疑わなかったので、当然のように会場費を払って使ってくれる人が現れたし、隠れ家のように気に入ってくれて、紹介連鎖も次々に起こった。年末のパーティには、大勢集まってくれた。新企画も次々生まれて、経営が危うくなっても全く心配せずに次の流れに乗れた。お客が来ないときは、カードローンをして温泉に泊まりに行った。すると翌日留守電に予約が入っていたっけ。
育ててくれる出会いがあって、はじめて生み出すことが出来た。
その出会いは未来だから、生み出すとき(開業を決断するとき)は、まだ出会っていない。
しかし決めなければ、物語は始まらない。
バースビジョンとは、地図のない航海だから、常に心の軸に羅針盤を持っていなければならない。
それをすることが、志にかなっていますか、それをすることになっていると思いますか。
天命の流れに沿っていると感じられれば、その事を実現するサポートは手に入ります。
私の経験から、そう断言できます。
生みの親が生む決心をするから、育ての親が現れる。それが地球の法則であり、日本の伝統です。
2010年12月17日
2011年の年間キーワードは「温故知新」
4日間の出張が終わってまだ広島にいる。相生でのビジョンヨガ、ビジョンリーディングに続き京都での運営会議・マタニティヨガ補講、神戸でのタッチセラピー補講。
で何故広島にいるかというと下関まで帰る新幹線に間にあわなかったから。とりあえず行けるところまで行っておこう、と。常宿の東横インはカードを提出すればサインが楽で、12時過ぎるとシンデレラ何とかで安くなるし、清潔感があっていい。
今年最後の締めくくりとも言える各種イベントの最後には必ず「志源会」という名の宴会が付いている。昨晩は三宮の沖縄料理のお店。これまた良かった!つい飲みすぎて時間を忘れてしまった。さすがツアコンを隠れバースビジョンに持つよりさんの選択。食することも、触覚開発と同様、大切なことなのだ。
それにしても4日間通しの「志源会」は胃袋と肝臓にはこたえた。が、
大石流子育ての基盤は、やはり触育法であるタッチセラピーの普及、浸透。コアの活動であり、毎回10人を超すメンバーが補講に集うさまは、普及期に入ったという証である。「志源会」にも気合が入るし、お酒の席でこそ語れる志、そして疑問解決の場。
昨晩は、チラシのチェックに30分以上かけた。実績豊富な先輩たちも細かく指導していた。人生理念が色濃く反映された魅力的なチラシ作りもノウハウのうちなのだ。
自分から積極的に「(アドバイスがほしいので)見てください!」と言える人は勇気がいるが、その食いつきの良さが伸びる秘訣である。待っているだけでは、道は開けないのだ。
さて毎年公表している年間テーマ。
来年のテーマは、早いうちから「温故知新」と決まっている。
古きを尋ね、あたらしきを知る。過去は未来の宝物、という標語を私が掲げたのは10年も前のことだが、同じような意味だ。
まさに来年は、今の自分の原動力となる志の原点となる記憶をたどり、過去から宝物のように思える出来事や、思い出や出会いや、メッセージや経験や失敗や発想や遣り残したことなど、掘り起こしてはこれからすべきことに生かしてゆく。
そうした「温故知新」活動を意識しながら事を進めてゆくと良いと思われる。
そういう話をしたら、テレビで昨夜「温故知新」と筆で書かれた額が飾ってある部屋でお坊さんが話している場面を見た。よくある偶然の一致だが、高野山で1200年続いている精進料理の話で、長寿の秘訣を語っていた。
(ほう、ここまでさかのぼると「温故知新」も重みがあるな、確かに和食の普及は「温故知新」のテーマに沿っているな、ふむふむ。来年のテーマ設定は間違いないというサインだな、この番組を見たという事は。)と、意味付けして見続けた。
ところが最後のほうになって、展開が怪しくなってきた。平安の時代から健康の秘訣として重用されてきた胡麻の成分を抽出したサプリメントの通販に落とし込んできたのだ。舞妓さんも常用しているサプリ。電話は24時間対応と。
なんか違うんじゃないの〜と覚めた目で見る私。弘法大師の高野山が通販の取材に応じているということも、地に落ちたな、と思うのは間違いだろうか。サプリがなければ長寿は出来ない、なら精進料理など不完全な食だといわんばかりではないか。その通販番組を許可するということは裏でお金が動いているとしか思えない。
(結局、良い話もこうなるのね)とメディアの実態、情報操作の恐ろしさを改めて認識した。こういうのは「温故知新」とは言わない。古き伝統を悪用して金儲けするだけの話だ。
今自分が起こしている行動は、芯から湧き上がる記憶(真の想い)を元に行っているのか、それとも他人から意図を持った操作によって動かされているだけ(操り人形)なのか、選別するセンスを磨かねばならない時代に入っている。その選別能力は、触覚開発以外の方法はないということも、論理的に説明可能であり、タッチセラピストには授業で講義しているところだ。
2011年1月の手波法補講では、アースリーディングを行い時代の潮流を読み取る。一年の流れを見据えた自己の活動方針を定める、貴重な機会とします。お見逃しなく。
で何故広島にいるかというと下関まで帰る新幹線に間にあわなかったから。とりあえず行けるところまで行っておこう、と。常宿の東横インはカードを提出すればサインが楽で、12時過ぎるとシンデレラ何とかで安くなるし、清潔感があっていい。
今年最後の締めくくりとも言える各種イベントの最後には必ず「志源会」という名の宴会が付いている。昨晩は三宮の沖縄料理のお店。これまた良かった!つい飲みすぎて時間を忘れてしまった。さすがツアコンを隠れバースビジョンに持つよりさんの選択。食することも、触覚開発と同様、大切なことなのだ。
それにしても4日間通しの「志源会」は胃袋と肝臓にはこたえた。が、
大石流子育ての基盤は、やはり触育法であるタッチセラピーの普及、浸透。コアの活動であり、毎回10人を超すメンバーが補講に集うさまは、普及期に入ったという証である。「志源会」にも気合が入るし、お酒の席でこそ語れる志、そして疑問解決の場。
昨晩は、チラシのチェックに30分以上かけた。実績豊富な先輩たちも細かく指導していた。人生理念が色濃く反映された魅力的なチラシ作りもノウハウのうちなのだ。
自分から積極的に「(アドバイスがほしいので)見てください!」と言える人は勇気がいるが、その食いつきの良さが伸びる秘訣である。待っているだけでは、道は開けないのだ。
さて毎年公表している年間テーマ。
来年のテーマは、早いうちから「温故知新」と決まっている。
古きを尋ね、あたらしきを知る。過去は未来の宝物、という標語を私が掲げたのは10年も前のことだが、同じような意味だ。
まさに来年は、今の自分の原動力となる志の原点となる記憶をたどり、過去から宝物のように思える出来事や、思い出や出会いや、メッセージや経験や失敗や発想や遣り残したことなど、掘り起こしてはこれからすべきことに生かしてゆく。
そうした「温故知新」活動を意識しながら事を進めてゆくと良いと思われる。
そういう話をしたら、テレビで昨夜「温故知新」と筆で書かれた額が飾ってある部屋でお坊さんが話している場面を見た。よくある偶然の一致だが、高野山で1200年続いている精進料理の話で、長寿の秘訣を語っていた。
(ほう、ここまでさかのぼると「温故知新」も重みがあるな、確かに和食の普及は「温故知新」のテーマに沿っているな、ふむふむ。来年のテーマ設定は間違いないというサインだな、この番組を見たという事は。)と、意味付けして見続けた。
ところが最後のほうになって、展開が怪しくなってきた。平安の時代から健康の秘訣として重用されてきた胡麻の成分を抽出したサプリメントの通販に落とし込んできたのだ。舞妓さんも常用しているサプリ。電話は24時間対応と。
なんか違うんじゃないの〜と覚めた目で見る私。弘法大師の高野山が通販の取材に応じているということも、地に落ちたな、と思うのは間違いだろうか。サプリがなければ長寿は出来ない、なら精進料理など不完全な食だといわんばかりではないか。その通販番組を許可するということは裏でお金が動いているとしか思えない。
(結局、良い話もこうなるのね)とメディアの実態、情報操作の恐ろしさを改めて認識した。こういうのは「温故知新」とは言わない。古き伝統を悪用して金儲けするだけの話だ。
今自分が起こしている行動は、芯から湧き上がる記憶(真の想い)を元に行っているのか、それとも他人から意図を持った操作によって動かされているだけ(操り人形)なのか、選別するセンスを磨かねばならない時代に入っている。その選別能力は、触覚開発以外の方法はないということも、論理的に説明可能であり、タッチセラピストには授業で講義しているところだ。
2011年1月の手波法補講では、アースリーディングを行い時代の潮流を読み取る。一年の流れを見据えた自己の活動方針を定める、貴重な機会とします。お見逃しなく。
2010年12月08日
次男海斗のドッジ大会デビューは、来週?
今度の日曜日にジュニアドッジボール大会がある。1〜4年までのちびっこ大会。2年前には長男友樹が3年生エースで登場し見事準優勝を果たした。県内12チーム中では一番の力を見せた。
正式の大会では、日本ドッジボール協会(JDBA)規定により、3年生以上が参加条件である(危ないから)。だから2年生海斗はまだ正式には大会デビュー出来ない。もっとも人数が足りないときはこそっと大きな大会でも出場しているが。(福岡辺りの6年の強烈アタックをがっちり取りまくるから凄い。)
さて小学生の競技ドッジでは、12名の選手がフロアにいないと勝っても不戦敗(12−0)で記録上負けで、トーナメントには上がれないルールがある。理由は、仲間をしっかり集めろよ、そこから戦いは始まっているんだよ、というJDBAのメッセージ。
少子化で人気のないマイナースポーツに12名の選手を集めるのはどのチームも容易ではない。野球や人気のサッカーに取られるからだ。日曜日のジュニア大会は、10名に落としてくれているが、勝山(うち)は4年以下が5人しかいない!あと5人集めないと、勝っても上へ上がれない!
そこで、「優勝を目指す」海斗は、夏から「チラシ作って配ってよー!」と監督である私にせがんでいた。
何度もせがまれてようやく完成した立派なチラシ。こちとらチラシ作りはプロだぜ、と言わんばかりに所属する学校二校の4年以下全てに配布した。仕事が忙しい時期と重なり、意識が向いていなかったせいか、マグネタイズ効果はゼロ。電話での問い合わせや練習見学は今のところなし。
よく聞いてみると2年生にもなると運動好きな男の子は、サッカーに夢中だったりたいがいどこかに所属しているらしい。(しまった!)と遅まきの対応に反省するも、上級生から目を離せない状況の中で、下級生までエネルギーを注ぐ余裕がなかった。
そんな中でも、海斗は、一人募集を始めていた。チラシが出来る前から二人、出来てから二人。次々と声をかけては練習に誘っているではないか!ボールを怖がらないガッツのある子達ばかりの2年生主体のチームが出来始めていた。体操部のお姉ちゃんを無理やり誘って、外野に立たせて人数合わせしたり、辞めた三年生に声かけしたり、なりふり構っていられない。
4日前の今日現在で9名。あと一人。規定人数さえそろえば、あとは主力の3人が何とかしてくれる。12人きっちり揃っているチームに対しても、ハンデを乗り越えるスピードと破壊力がある。
それにしても2年生の分際で「絶対に優勝する!」とはよほどの自信。自分のチームを自分で集める
営業力もまた凄いと思う。
ただ純真なその思いも、類まれな運動能力(学年で遠投1位、持久走1位)も、そのふてぶてしい態度の性格が災いして、妬みや足の引っ張り合いに出会い、結構気苦労しているのも事実。
年中けんかしていたり。
それらもひっくるめて、どう悪がき達をてっぺん(全国制覇)まで到達するチームに育てるか、今、4カ年計画が始まった?
・・・と言いたいところが、課題は多い。一番の課題は、監督の器。大石流子育て日記では、過去の経歴を一切捨てて地で行ったところに何が出来るか、小学校の現場で何が起こっていて、それらにどう対処しているか、ドッジの監督と言う立場から見た幼児教育の在り方を扱ってゆきたいと思う。
正式の大会では、日本ドッジボール協会(JDBA)規定により、3年生以上が参加条件である(危ないから)。だから2年生海斗はまだ正式には大会デビュー出来ない。もっとも人数が足りないときはこそっと大きな大会でも出場しているが。(福岡辺りの6年の強烈アタックをがっちり取りまくるから凄い。)
さて小学生の競技ドッジでは、12名の選手がフロアにいないと勝っても不戦敗(12−0)で記録上負けで、トーナメントには上がれないルールがある。理由は、仲間をしっかり集めろよ、そこから戦いは始まっているんだよ、というJDBAのメッセージ。
少子化で人気のないマイナースポーツに12名の選手を集めるのはどのチームも容易ではない。野球や人気のサッカーに取られるからだ。日曜日のジュニア大会は、10名に落としてくれているが、勝山(うち)は4年以下が5人しかいない!あと5人集めないと、勝っても上へ上がれない!
そこで、「優勝を目指す」海斗は、夏から「チラシ作って配ってよー!」と監督である私にせがんでいた。
何度もせがまれてようやく完成した立派なチラシ。こちとらチラシ作りはプロだぜ、と言わんばかりに所属する学校二校の4年以下全てに配布した。仕事が忙しい時期と重なり、意識が向いていなかったせいか、マグネタイズ効果はゼロ。電話での問い合わせや練習見学は今のところなし。
よく聞いてみると2年生にもなると運動好きな男の子は、サッカーに夢中だったりたいがいどこかに所属しているらしい。(しまった!)と遅まきの対応に反省するも、上級生から目を離せない状況の中で、下級生までエネルギーを注ぐ余裕がなかった。
そんな中でも、海斗は、一人募集を始めていた。チラシが出来る前から二人、出来てから二人。次々と声をかけては練習に誘っているではないか!ボールを怖がらないガッツのある子達ばかりの2年生主体のチームが出来始めていた。体操部のお姉ちゃんを無理やり誘って、外野に立たせて人数合わせしたり、辞めた三年生に声かけしたり、なりふり構っていられない。
4日前の今日現在で9名。あと一人。規定人数さえそろえば、あとは主力の3人が何とかしてくれる。12人きっちり揃っているチームに対しても、ハンデを乗り越えるスピードと破壊力がある。
それにしても2年生の分際で「絶対に優勝する!」とはよほどの自信。自分のチームを自分で集める
営業力もまた凄いと思う。
ただ純真なその思いも、類まれな運動能力(学年で遠投1位、持久走1位)も、そのふてぶてしい態度の性格が災いして、妬みや足の引っ張り合いに出会い、結構気苦労しているのも事実。
年中けんかしていたり。
それらもひっくるめて、どう悪がき達をてっぺん(全国制覇)まで到達するチームに育てるか、今、4カ年計画が始まった?
・・・と言いたいところが、課題は多い。一番の課題は、監督の器。大石流子育て日記では、過去の経歴を一切捨てて地で行ったところに何が出来るか、小学校の現場で何が起こっていて、それらにどう対処しているか、ドッジの監督と言う立場から見た幼児教育の在り方を扱ってゆきたいと思う。
2010年11月11日
再開します!大石流子育て日記☆触育のススメ☆
今、タッチセラピー協会のホームページを大幅リニューアル更新中です。デザイナー任せではなく、タッチセラピスト自らの手で心血注いで、Web技術を学びながら、発想を豊かにそして、遊び心を持って、制作作業をしています。
テナミストって同調の仕事人ですから、ネットの世界にも同調してのめり込んでしまうんです。すると不慣れなデジタル作業も、いつの間にかマスターしてしまったりして、それはもう、超効率で良い作品に仕上がります。デザイナーさんとのシンクロ率もばっちりで、こちらの意図やイメージを先方の思考にすっと挿入させて、期待通りの作品を仕上げてくれます。そうして完成させたのが、ことだまサイトやほたかみのサイトです。
そうそう、大石流子育てに不可欠な、ヒマラヤ岩塩「ほたかみ」は、電磁波除去装置です、はっきり言って。サイト構築は、膨大な電磁波を浴びることを余儀なくされますが、水で濡らした手にヌルヌルとほたかみをすりこませ、水で洗い流すと、何だか軽い!スッキリ!手がすべすべ!
電磁波って浴びると重いし、ひどいと気持ち悪くなるものです。それが、瞬時に消えていたことに驚かされます。手が本当に軽くなりました。後は、ほたかみ温泉ですね。使い方はサイトをご覧下さい。
タッチセラピー協会のホームページ。
タッチセラピー、で検索かけるとグーグルあたりでも、一番にヒットするのですね。皆さんも試しに検索かけてみてください。トップか二番目に出ます。そんなありがたい状況なのに、何年も放置してしまって申し訳なく思い、リニューアルという気になりました。
溢れるほどのアイデアを小出しにしながら、見て楽しい出遭って嬉しい、タッチされて生まれ変わる!そんなサイトを目指します。完成は年内ということで、じっくり作りこみます、皆さん、楽しみにしていてくださいね。
そして!触育。
しばらくこれをテーマにブログを綴ってみます。
私の造語ですが、誰のものでもなく、皮膚の中から生まれた言葉です?自由に使って、そして国語辞典に出る単語として普及したいと思います。
触育。しょくいく。響きもいいでしょ。
テナミストって同調の仕事人ですから、ネットの世界にも同調してのめり込んでしまうんです。すると不慣れなデジタル作業も、いつの間にかマスターしてしまったりして、それはもう、超効率で良い作品に仕上がります。デザイナーさんとのシンクロ率もばっちりで、こちらの意図やイメージを先方の思考にすっと挿入させて、期待通りの作品を仕上げてくれます。そうして完成させたのが、ことだまサイトやほたかみのサイトです。
そうそう、大石流子育てに不可欠な、ヒマラヤ岩塩「ほたかみ」は、電磁波除去装置です、はっきり言って。サイト構築は、膨大な電磁波を浴びることを余儀なくされますが、水で濡らした手にヌルヌルとほたかみをすりこませ、水で洗い流すと、何だか軽い!スッキリ!手がすべすべ!
電磁波って浴びると重いし、ひどいと気持ち悪くなるものです。それが、瞬時に消えていたことに驚かされます。手が本当に軽くなりました。後は、ほたかみ温泉ですね。使い方はサイトをご覧下さい。
タッチセラピー協会のホームページ。
タッチセラピー、で検索かけるとグーグルあたりでも、一番にヒットするのですね。皆さんも試しに検索かけてみてください。トップか二番目に出ます。そんなありがたい状況なのに、何年も放置してしまって申し訳なく思い、リニューアルという気になりました。
溢れるほどのアイデアを小出しにしながら、見て楽しい出遭って嬉しい、タッチされて生まれ変わる!そんなサイトを目指します。完成は年内ということで、じっくり作りこみます、皆さん、楽しみにしていてくださいね。
そして!触育。
しばらくこれをテーマにブログを綴ってみます。
私の造語ですが、誰のものでもなく、皮膚の中から生まれた言葉です?自由に使って、そして国語辞典に出る単語として普及したいと思います。
触育。しょくいく。響きもいいでしょ。






